2025年01月10日

ひかりの静けさ

  白い髯が伸び足腰がふらつくようになって、
 この冬から何故か私は二階の部屋で寝るよう
 になった。3日目の朝だった。カーテンの隙
 間から射す柔らかだが力を感じさせる光が静
 かに流れているのを見た。
 私は窓辺に移動してカーテンを開けた。 
 およそ1キロはあるであろうか、遠くうかぶ
 朝の町の、ある距離から先は三角の屋根やビ
 ルの林立がいくつも重なり、それらが乳白色
 を溶かしたような白の世界に消えていってい
 た。
  この窓辺から見る朝焼けはこの家に住むよ
 うになって40年ぶりに遭遇した。真っ白の
 雲には紅のほか空の色も色を添えている。こ
 んな光景がお天気のいい日には過去毎日のよ
 うに出現していたのだ。
  しばらくすると左右に広がろうとする雲の
 下方からうすいピンクがしだいに大きくなり、
 さらにその下には雲を押し上げるような力が
 働いて、朝焼けははち切れんばかり、そして
 少しづつ、少しづつ明るくなるのである。や
 がて雲は大きな紅の色になるのだが、その間
 のすべての空間は森閑として光はたとようも
 なく静かである。
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posted by kanda minoru at 18:19| Comment(0) | 現代詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年12月31日

ドバトと私

  年の暮れの三十一日、特別な日でもないの
 に朝の散歩の途中、自分の過去を振り返って
 みた。きっかけになったのは、昨日あたりか
 ら自家の周辺に数十羽の土鳩が飛来したこと
 による。
  食べ物には事欠かない繁華街で生活してい
 た土鳩は年末年始の休みに対処して郊外の刈
 田の落穂を狙って移動してきた。私は畦道に
 腰を下ろし土鳩の群れが集団で飛ぶ様子を眺
 めた。
  数十羽が低空ではたはたと舞ったかと思う
 と次には急滑降で刈田に降り、うち数羽は餌
 を見つけられずばたばたとしている。しばら
 くすると土鳩たちは一心に嘴を打ちつける。
  土鳩は過去の経験をよく覚えている。それ
 は先祖から身に染みるように伝えられ、教え
 られ習性になったのだろう。
  そんなふうに思ったが、私にはそのような
 ものはありはしない。そう、私の過去は空っ
 ぽなんだから。
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posted by kanda minoru at 14:29| Comment(0) | 現代詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年12月26日

老人の奇病

 胃臓から押し出され、腐った肉襞をかけあ
がって吐き出される、声になろうとしてなれ
ない呻き。その高齢の友人の呻き声を私は尋
ねていった玄関のドアの隙間から聴いていた。
 その老人は奇妙な病気にかかっていた。両
の瞼は一日に数度落ち込み、いったん落ち込
むと一時間はどんなにしても開かなくなる。
その間、家の中でさえ全く赤ん坊のようにハ
イハイをせざるを得ない。それだけでない。
顔、胴体から手足まではちきれんばかり、丸
太棒か、風船のように膨らみ、ものを食べる
ことが出来ない。
 この人を馬鹿にしたような病気に、医師は
原因不明の奇病だと宣告し、友人は死のくさ
びを打ち込まれた。友人は腰のあたりが脱力
し体が空洞化するのを感じ、もうだめだと横
になり、わが肉体を死の淵までどうすれば運
んでゆけるのか知りたいと思った。それ以来、
老人は雨戸を閉め家に閉じこもった。
 こうして誰にも知られることもなく独り死
んでゆく高齢老人が私の周りにも大勢いる。
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posted by kanda minoru at 14:54| Comment(0) | 現代詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする